―学ぶことで楽しみは広がる―

以前、ILC国際語学センターでお話して頂いたこともある元青年海外協力隊の看護師のY.R.さんから、日本の看護や外国人対応に対する考え方など貴重なお話をたくさん伺うことができましたので、みなさまに紹介いたします。

―看護のやりがいは世界共通―

●青年海外協力隊に参加したきっかけと経験を通して得たことについてお話していただけますか。

幼少時に海外に住んでいた経験があり、旅行が好きなこともあって、海外に行けたらいいなあと漠然と思っていました。大学で国際保健について学んでいるときに、担当教授から青年海外協力隊の経験談を聞き、参加を決意しました。
参加して思ったことは、看護は世界共通だということです。自分自身の看護観や価値観は、世界中どこへ行っても変わらないということでした。世界で働いてみて初めてそのことを肌で感じました。国内外を問わず、看護師には共通したやりがいがあると思います。
ただ、看護の質としては日本が一番だと思うようになりました。私には青年海外協力隊として派遣されたマーシャル諸島共和国だけでなく、世界の色々なところで看護に携わった経験があります。それらの経験から、「気遣い」、「細やかさ」、「丁寧さ」といった日本人に備わった気質や生まれ育った環境や文化の違いが、看護の質に良い影響をもたらしていると感じました。たとえば、患者さんが肩を押さえながら「痛いところはないです」と言ったとします。すると日本人の看護師は「そうですか。それは良かったです。でも肩を押さえていますね。違和感がありますか?我慢しきれなくなったら言ってくださいね」と声かけると思います。こうした‘患者さんの真意に気づいているのだ’と相手に伝わる対応が自然とできるのは、日本の看護が優れている点だと思います。
ただ現在、大学で看護学生に基礎看護技術やコミュニケーション学などを教えていると、こういった気配りに個人差や世代の差を感じることもあります。日本人としての優れた看護の質を失わないでほしいと思い、指導に携わっています。看護の仕事は対人コミュニケーションの上に成り立っていると思うので、基本的な看護技術やコミュニケーションの修得は大切だなと思っています。

―語学は「人をみる」ための不可欠なツール―

●看護における語学の必要性についてどのようにお考えですか。

語学は異文化の人に対して看護をする場合、必要不可欠なツールだと思います。看護は病気ではなく人を看るものなので、人と接するためには一般的な会話も含めて対応できる語学力が必要になると思います。
専門的な用語については、その言葉の意味をまずきちんと理解しておかなくてはいけません。そしてその病気からどういうことが起こると予想されるか、患者さんおよびその家族が生活で何に困るのかを連想できることが重要です。まずは母語の日本語で看護や医学の知識を理解した上で、その理解した内容を外国語で正確に表現できる力が必要になると思います。
また、患者さんの宗教や文化および習慣の違いを知ることが必要です。相手にとって何が当たり前なのか、日本ではどのようなルールがあるのかをお互いに説明してわかりあう必要があります。これからは益々多文化共生社会となっていくので、未来を担う看護学生にはそういう勉強をもっと行っていく必要があると思います。
基本的には「郷に入っては郷に従え」だと自分のこれまでの経験から感じていますが、お互いが譲り合えるところを模索しわかりあうためには、自分の考え方とその国での当たり前となっているルールをきちんと説明および理解する必要があります。お互いに深いところまで共感、理解し合うために言葉は必要だと思います。全てを「なんとなくわかっている」で済ますのではなく、「ちゃんとわかる」ために言葉があるのだと思います。

―語学を習得すれば、もっと多くの方の役に立てる―

●語学を勉強したいと思っている方にメッセージをお願いします。

言葉の幅が広がれば、看護の幅も広がります。日本人以外のもっと多くの人をケアすることができ、世界に貢献することができます。語学の勉強は苦しいこともありますが、その苦しさよりもその後に得られるよろこびの方が大きいので頑張ってよかった思うことができるのだと思います。