証券金融翻訳コース担当講師が教えるワンポイント金融翻訳レッスン1


こんにちは、ILC国際語学センターです。
今回は、証券金融翻訳コースを担当している菅原栄先生による、ワンポイント金融翻訳レッスンをご紹介いたします!
金融翻訳に興味のある方は、ぜひ挑戦してみてください。

finance translation
実務翻訳の分野において、証券金融翻訳のいちばんの特徴はなにかと考えると、翻訳された文章が多くの、場合によっては不特定多数の目に触れる可能性が高いということでしょう。

契約書や特許明細書などは当事者以外が目にすることはまれでしょうが、調査レポート、目論見書、営業資料など証券に関わる文書は、その作成に関わる人たちの枠を超え、広く読まれ、利用されるものです。
こうした幅広い層を対象とした訳文にもっとも求められるものは、一読して文意が正確に伝わる「分かりやすさ」です。

では、どうすれば、分かりやすい訳文を生みだすことができるのでしょうか。論より証拠、いくつかの課題の具体例をみながら、ご一緒に考えていきましょう。


【課題1】


An individual’s stock ownership represents his proportionate ownership, or equity, in a company. If a company issues 100 shares of stock, each share represents identical 1/100, or 1%, ownership position in the company.


実際に翻訳してみましょう!



【ありがちな訳】クリックすると訳文が表示されます。
個人の株式保有は会社における彼の比例所有権、すなわち株主資本を表す。
もし、会社が株式を100株発行したら、各株はその会社の同一の100分の1あるいは1パーセントの所有権を表す。



解説


この原文に、さして難しい語句や表現は見当たりません。しいていえば、proportionateとequityぐらいでしょうか。これとて辞書さえ引けばいくつも訳語が出ていて、その中からもっともらしいものを選ぶのに、さほど苦労はないでしょう。最後に、それらの語句を少し工夫して繋げてやれば翻訳は一丁上がり。上記の訳文はそうした成果物の典型ですが、一読したあと、なにかモヤモヤしたものが残るのはなぜでしょう。


それはずばり、著者の真意が伝わってこないからです。翻訳でまず必要とされるのは、原文を正しく理解することです

ここでいう「正しい理解」とは、“正しい理(すじみち)に沿って、原文を解きほぐしていく”といった意味です。理解できないものを、表現し、伝達できるはずがありません。

この文で理解のポイントとなるのは、stock、equityそしてshare(s)です。これらの単語には、いずれも「株(式)」という訳語がしばしば与えらますが、その本来の意味は、相互に関連しつつも、それぞれ視点の異なるものです。これらを深読みしなければ、著者の言わんとするところは把握できません。辞書に載っている訳語の字面を撫でるのではなく、その言葉の持つ意味の深層に迫らなければならないのです。


それでは、先の3つの単語それぞれについて見ていきましょう。


最初のstockですが、これは蓄えたもの、そして、会社では、次なる飛躍の元手として蓄えたおカネ、いわゆる資本のことです。洋風の基本ダシをsoup stockといいますが、こちらは、おいしいひと皿を生みだす元手、料理の「資本」ですね。
したがって、stock ownershipとは、会社の出資者としての証しである出資証券を保有することという意味になります。

次に、equityについて考えてみましょう。

会社(company)は、“ひとが会して(集まって)、社(グループ)を結成する”のですから、出資者は複数いるのが普通です。すると、お互いの立場を決めておかないと後のちのモメゴトの元。このとき、近世の市民社会は、王権も地位も身分も関係ない平等を求めました。そこで、貴族でも商人でも、出資者たるものは、出資金額に応じた立場、すなわち、proportionate ownershipが保証されました。いわば、おカネのもとでの平等です。そうした立場をまた、衡平法(equity)にもとづく持分、equity ownership、つづめてequityというようになりました。

そして、出資者それぞれのequityを簡単に表すために、彼らの出資金合計である資本金(capital stock)を等分したひと切れ(share)を株式(a share of stock)と呼びならわすようになったのです。

資本主義と株式会社は表裏一体です。その株式会社の中核をなすのが、株式であり株主なのです。
短い一文ですが、こうした深淵な意味が込められているともいえます。


【訳例】クリックすると訳文が表示されます。
投資家にとって、出資証券である株式を保有するということは、その持ち株数に比例した会社の所有権、すなわち持分を手に入れることを意味する。
もし、ある会社の発行済株式数が100株だったとすると、1株あたりの持分は均等で、会社全体の100分の1、すなわち1パーセントである。


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