証券金融翻訳コース担当講師が教えるワンポイント金融翻訳レッスン2


証券金融翻訳コースを担当している、菅原栄先生によるワンポイント翻訳レッスン第2弾になります。
今回はもう少し長文に挑戦してみましょう。
1回目はこちらからご覧いただけます。

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【課題2】


Dell: Share Gain Story Intact

■ Dell Meeting Focuses on Share Gains
We just met with Dell management. Talks focused on growth opportunities outside the US. We believe Dell can gain more shares this year, as it is only in the early stages of receiving benefits from disruptions at competitors.

■ Expecting Solid Overseas Growth Again
We believe Dell can continue to benefit from share gains in overseas markets and our model assumes 20% revenue growth in both Europe and Asia-Pacific in 2Q06.
It seems that Dell's model is scaling well in these regions.

■ Valuation: Target $43
Our target price of $43 is based on 20x our FY07 EPS estimate excluding interest income and adding back cash.



実際に翻訳してみましょう。



【ありがちな訳】クリックすると訳文が表示されます。
デル: シェア獲得への強固なシナリオ
■ シェア獲得に着目した会談
デル社経営幹部陣との会談を実施した。内容としては、アメリカ以外の市場での成長を中心に話し合った。我々は、デル社が本年さらなるシェアを獲得できると考えているが、競合他社の不利な状況からデル社が享受できる恩恵は未だ初期段階でしかない。

■ 海外市場における再び堅調な成長の期待
デル社は海外市場においてシェア獲得による利益を出し続けるだろう、また2006年第2四半期では欧州とアジア太平洋両方で20%の収益成長モデルを描いている。デル社のモデルが、これらの地域において非常によく機能していることを示している。

■ 評価額: 目標株価 43ドル
当社のデル社の目標株価43ドルは、2007年度1株当たり利益(EPS)予想に20を乗じて、金利収入を除き、キャッシュを組み入れている。



解説


あまりにも謹厳実直、翻訳調の文章では、だれも最後まで読んでくれず、訳文はその目的を達することができません。正しく理解できたからといって、いつも適切に表現できるとは限りません。求められているのは、メッセージがすっと頭に入ってくるような、読み手重視の文章です。かといって、ことおカネに関するものですので、安易に意訳してしまうと、誤訳が大きなトラブルにつながりかねません。また、万一の場合には、昨今の不祥事にみられるように、法令が厳しく適用されますので、要注意です。


今回は、証券会社による企業調査レポートの表紙部分を想定した課題です。有名銘柄ともなれば、数十社ものアナリストがフォローしており、レポートはひっきりなしに刊行されます。そのなかで、投資家の手に取ってもらうための競争は激烈です。この戦いの最前線となるのが、レポートの顔ともいうべき表紙なのです。いかに要点を簡潔かつ明確に伝えるか、他社との見解の違いを強調するか、知恵を絞る筆者の気持ちになって訳文を磨きあげることが求められます。事実およびその一般的な解釈と筆者の意見をどれだけ鮮やかに対比するかが、訳者の腕の見せどころです。


まず見出しの部分、社名Dellに続く、Share Gain Story Intactは見出し独特の表現で、Share gain story (is) intactの略です。そのあとに続く文でWe believe Dell can gain more shares this yearとあるように、市場シェアを拡大するだろうという意見(story)に変化はない(intact)ということで、強気を保つアナリストのマニフェストです。ここを「強固なシナリオ」としてしまったのでは、そうした姿勢があいまいになってしまいます。


次に、We believeという表現です。調査レポートはアナリストの個人的な意見ではなく、その属する(証券)会社の見解を示すものですから、「我々」ではなく「当社」、「思う」のではなく「見る」「見解である」などとしなくてはいけません。また、reciving benefits from disruptions at competitorsを「競合他社の不利な状況からデル社が享受できる恩恵」とするのは、腑に落ちません。Competitors are disrupted and Dell is benefiting from itと展開して考えたいところです。


さらに、(We) are modeling revenue growth of 20%とDell's model is scaling wellにおける「モデル」の意味の違いが重要です。前者は筆者からみた当社の(収益予想)モデルであるのに対し、後者はデルの(ビジネス)モデルです。その違いを明確にしなければ、文意が誤解される恐れがあります。特に、スケール・メリットを活かしたパソコン直販で大成功したデル・モデルの特徴は、ひとつの時代を画したものであり、知っておきたいところです。こうした知識は一朝一夕では身につきませんから、常にアンテナを立てて、世の中の動きに注意を払いましょう。


最後に、アナリストにとってもっとも重要な見解である目標株価が示されています。ここは株価の水準ばかりでなく、その算出根拠までを読者に理解してもらわなくてはなりませんが、上記「ありがちな訳」の訳文では、計算式があいまいで、再現可能性に欠けています。



【訳例】クリックすると訳文が表示されます。
デル: 市場シェア拡大見通しは変更なし

■ デル経営陣との面談は市場シェア拡大が話題の中心
当社ではデル経営陣と面談、話題は米国外での成長機会が中心だった。競合他社の経営問題がデルに有利に働き始めており、
本年はさらなる市場シェアの拡大が可能と見る。

■ 第2四半期も海外市場シェア拡大を予想
当社ではデルの海外市場シェアは拡大、業績に好影響が続くと予想する。
当社収益モデルでは、2006年度第2四半期につき、欧州、アジア太平洋の両地域においてそれぞれ20%の売上増を想定している。
規模の経済による効果の大きい直販モデルをもとに、デルは同地域で売上、利益ともに順調に伸ばしている。

■ 株価評価: 目標株価43米ドル
当社の目標株価43米ドルは金利収入を除いた2007年1月期予想1株あたり純利益(EPS)を20倍したものに、1株当たりの正味現金を加えたものである。



実務翻訳というと、各分野の専門性から、ついつい個別の用語や知識に気を取られがちですが、顧客の業務、さらにはさらにその先にある社会に直結した金融文書の場合、翻訳を「商品」としてとらえ、「分かりやすさ」という付加価値を創造していくことも、とても重要なポイントだということがご理解いただけたでしょうか。

そして、そのために必要になるのは、知識や経験ばかりではなく、原文のニュアンスを読み洩らさない注意力、読者のハートをつかもうとする熱意でもあるのです。

翻訳の仕事は、顧客があってはじめて存在するものです。これから翻訳家を目指そうという方には、ご自分の訳文を読んでくださる顧客を常にイメージして、その満足度(customer satisfaction)を高める努力を怠らないようにすれば、おのずと道は開けるでしょう。

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