近年、機械翻訳(以下MT*と略します)はめざましい進歩を遂げました。単純な文であれば人間が書くような自然な文章で訳出しますし、かなりの分量の文書でも瞬時に処理します。MTがこれほど進歩すると、将来人間がする翻訳の仕事はなくなってしまうのではないかと考える人がいても不思議ではありません。しかし、MTがどれほど進歩しても超えられないだろうと考えられる限界もあります。
(*MT:Machine Translation)

MTを使ったことがある人なら誰もが実感するMTの弱点は、文脈を判断できないという点です。多くの文章は、個々の文が独立して意味を形成するのではなく、いくつかの文のまとまりでメッセージを伝えます。そのため、1つのセンテンス単独では適切な訳を書けないことがあります。次の文を見てください。

Patients in group A also presented with headache.

この文だけでは、「A群の患者頭痛を呈した」とも「A群の患者は頭痛呈した」とも、どちらの意味にも取れるので、文脈の情報がなければ適切な訳を書くことはできません。この文の前に、「B群の患者は頭痛を呈した」とか「A群の患者はめまいを訴えた」などの情報があってはじめて成り立つわけですが、そのような情報が近くにあればまだしも、遠く離れた箇所にあったり、あるいは読者は当然知っていることとして省略されていたりすれば、MTがいかに優秀であったとしても適切な訳を書くことはできないでしょう。

次の文は薬物動態とは何かについて解説した文です。

Pharmacokinetics is the study of drug disposition in the body.

これをMTに訳させると「薬物動態学とは、薬物の体内動態を研究する学問である」のような文を平然と書きます。drug dispositionに対する「薬物動態」は、普通の状況であればまったく申し分のない訳でしょう。しかしここでは薬物動態の説明ですから不適当です。「体内」という語がなければ「薬物動態学は薬物動態を研究する学問である」と言っているわけで、説明になっていません。この場合はdrug dispositionをかみ砕いて「薬物動態学とは、薬物が体内でどのように変化していくかを研究する学問である」のような訳が適当です。このような、名詞のまとまり(drug disposition)を「主部(薬物が)+述部(変化していく)」の構造で書き換えるような処理はMTには望めません。

MTは確かに有用なツールで、決まったパターンが繰り返し現れるような文書では大いに活用できます。しかし上に述べたような限界があるため、程度の差はあるにせよ、人間の関与が不要になることは考えられません。MTに何ができて何ができないのか的確に理解すれば、MTが人間の仕事を奪うのではないかという不安は解消すると思います。

執筆 メディカル翻訳1コース担当講師 吉田和男先生

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